千葉県市川学園でいじめ・暴力を受けた話-3

私は何年か前に6年間、千葉県市川市にある私立市川学園(市川中学校・市川高校)に在学していました。

そこで私は男なのに声が高かった(変声障害)ことと鉄道研究部に入部していたせいで、他の生徒や先生にバカにされたりいじめを受けてきました。また、声変わりに失敗したと完全に人格を否定した言い方でバカにされてきました。そして、数々の暴力も受けてきました。

このような度重なるいじめ・暴力行為に対し、私は市川学園(市川中学校・市川高校)に在学中に何度も自殺を考えていました。

まさに私にとって市川学園(市川中学校・市川高校)は生き地獄でした。

そして卒業した現在でも、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた度重なるいじめ・暴力行為の記憶がトラウマのようにフラッシュバックしてきて、その度に苦しい思いをしています。そしてついには、うつ病の一歩手前の適応障害になってしまい、仕事を退職せざるを得ないほどまでに影響を与えています。

以上より第三教育とは他人をいじめることを学ぶ教育であると言えます。

これほどのいじめ・暴力行為を受けてきたのにも関わらず、私をいじめていた生徒や先生はいまだに一言も謝罪をしていません。

長い間沈黙を保ってきましたが、これ以上犠牲者を出したくないという思いから、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けたいじめの体験談を書きたいと思います。

 

 中1の時(1年7組)に男なのに高い声の私をいじめてきたT田大貴の続きの話です。T田大貴は、男なのに高い声の私の声マネをして毎日何回も男なのに高い声の私をからかってきました。その度に男なのに高い声の私は大きな精神的ダメージを受け、自殺を考えるほどでした。

また、T田大貴は男なのに高い声の私に対し暴力もふるってきました。

体育の授業の時間、4人グループでサッカーのパス回しをすることになりました。その際、とても運が悪いことに男なのに高い声の私はT田大貴と同じグループになってしました。そしてT田大貴は何回も数え切れないほど男なのに高い声の私に対し、わざとボールを当ててきました。とても辛かったです。とても痛かったです。そんな状況でも男なのに高い声の私はとてつもない痛みに黙って耐えるしかありませんでした。

このようにT田大貴は男なのに高い声の私に対し、数えきれないほどのいじめ・暴力をしてきましたが、先生に言うことはできませんでした。なぜなら、T田大貴にはY山、S野康太郎、M公平といったいじめ仲間がいたため、復讐されることを恐れていたからでした。なぜ、奴らが生きているのか理解できません。学校はいじめは許さないと言っていますが、現実には陰湿ないじめ(教師による生徒へのいじめも含めて)が存在します。

T田大貴の男なのに高い声の私に対するいじめは市川学園(市川中学校・市川高校)を卒業した今でも、時々トラウマのように思い出され、その度に苦しい思いをしています。市川学園(市川中学校・市川高校)でのT田大貴に受けてきた数々のいじめ・暴力が原因で、社会人になってから適応障害になり、会社を退職せざるを得ないほどにまで影響を与えました。男なのに声が高いからと言って、いじめ・暴力を受けなければならない理由があるのでしょうか。いじめっ子にはわからないのでしょう。

 

 後に続く

 

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千葉県市川学園でいじめ・暴力を受けた話-2

私は何年か前に6年間、千葉県市川市にある私立市川学園(市川中学校・市川高校)に在学していました。

そこで私は男なのに声が高かった(変声障害)ことと鉄道研究部に入部していたせいで、他の生徒や先生にバカにされたりいじめを受けてきました。また、声変わりに失敗したと完全に人格を否定した言い方でバカにされてきました。そして、数々の暴力も受けてきました。

このような度重なるいじめ・暴力行為に対し、私は市川学園(市川中学校・市川高校)に在学中に何度も自殺を考えていました。

まさに私にとって市川学園(市川中学校・市川高校)は生き地獄でした。

そして卒業した現在でも、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた度重なるいじめ・暴力行為の記憶がトラウマのようにフラッシュバックしてきて、その度に苦しい思いをしています。そしてついには、うつ病の一歩手前の適応障害になってしまい、仕事を退職せざるを得ないほどまでに影響を与えています。

以上より第三教育とは他人をいじめることを学ぶ教育であると言えます。

これほどのいじめ・暴力行為を受けてきたのにも関わらず、私をいじめていた生徒や先生はいまだに一言も謝罪をしていません。

長い間沈黙を保ってきましたが、これ以上犠牲者を出したくないという思いから、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けたいじめの体験談を書きたいと思います。

 

 中1(1年7組)の時に男なのに高い声の私をいじめてきたT田大貴の続きの話です。T田大貴は、男なのに高い声の私の声マネをして毎日何回も男なのに高い声の私をからかってきました。その度に男なのに高い声の私は大きな精神的ダメージを受け、自殺を考えるほどでした。

また、T田大貴は高い声をバカにするだけでなく、私が所属していた部活についてもバカにしてきました。男なのに高い声の私は、鉄道研究部に所属していました。鉄道研究部というのは、市川学園(市川中学校・市川高校)では生徒及び先生から見下し・軽蔑の対象でした。そのため、鉄道研究部員というのは「キモオタ」という扱いでいじめの対象でした。特にT田大貴は男なのに高い声の私に対して、鉄道研究部に所属していることに対するいじめ・暴力が酷かったです。

剣道の授業の時間、T田大貴と1対1で組むことになりました。その際、T田大貴は鉄研鉄研!」(※鉄研は鉄道研究部の略称名)と男なのに高い声の私の声マネをしながら、思いっきり強く竹刀で頭を殴ってきました。剣道という合法的に人を殴ってよい時間を利用して、男なのに高い声の私の声と所属していた部活の両方を同時に暴力でバカにするという悪質極まりない行為を何度もしていました。そんな状況でも男なのに高い声の私はとてつもない痛みに黙って耐えるしかありませんでした。

なぜ鉄道研究部に所属していてはいけないのでしょうか。鉄道が好きということが誰かに迷惑をかけているのでしょうか。どう思うかは勝手ですが、気持ち悪いからという理由だけで人に暴力をふるってよいのでしょうか。私には理解できません。

このようにT田大貴は男なのに高い声の私に対し、数えきれないほどのいじめ・暴力をしてきましたが、先生に言うことはできませんでした。なぜなら、T田にはY山、S野康太郎、M公平といったいじめ仲間がいたため、復讐されることを恐れていたからでした。なぜ、奴らが生きているのか理解できません。学校はいじめは許さないと言っていますが、現実には陰湿ないじめ(教師による生徒へのいじめも含めて)が存在します。

T田大貴の男なのに高い声の私に対するいじめは市川学園(市川中学校・市川高校)を卒業した今でも、時々トラウマのように思い出され、その度に苦しい思いをしています。市川学園(市川中学校・市川高校)でのT田大貴に受けてきた数々のいじめ・暴力が原因で、社会人になってから適応障害になり、会社を退職せざるを得ないほどにまで影響を与えました。男なのに声が高いからと言って、いじめ・暴力を受けなければならない理由があるのでしょうか。いじめっ子にはわからないのでしょう。

 

 後に続く

 

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千葉県市川学園でいじめ・暴力を受けた話-1

私は何年か前に6年間、千葉県市川市にある私立市川学園(市川中学校・市川高校)に在学していました。

そこで私は男なのに声が高かった(変声障害)ことと鉄道研究部に入部していたせいで、他の生徒や先生にバカにされたりいじめを受けてきました。また、声変わりに失敗したと完全に人格を否定した言い方でバカにされてきました。そして、数々の暴力も受けてきました。

このような度重なるいじめ・暴力行為に対し、私は市川学園(市川中学校・市川高校)に在学中に何度も自殺を考えていました。

まさに私にとって市川学園(市川中学校・市川高校)は生き地獄でした。

そして卒業した現在でも、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた度重なるいじめ・暴力行為の記憶がトラウマのようにフラッシュバックしてきて、その度に苦しい思いをしています。そしてついには、うつ病の一歩手前の適応障害になってしまい、仕事を退職せざるを得ないほどまでに影響を与えています。

以上より第三教育とは他人をいじめることを学ぶ教育であると言えます。

これほどのいじめ・暴力行為を受けてきたのにも関わらず、私をいじめていた生徒や先生はいまだに一言も謝罪をしていません。

長い間沈黙を保ってきましたが、これ以上犠牲者を出したくないという思いから、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けたいじめの体験談を書きたいと思います。

 

中1(1年7組)の時に男なのに高い声の私をいじめてきたのはT田大貴です。T田大貴は、男なのに高い声の私の声マネをして毎日何回も男なのに高い声の私をからかってきました。その度に男なのに高い声の私は大きな精神的ダメージを受け、自殺を考えるほどでした。

また、T田大貴は男なのに高い声の私に対し暴力もふるってきました。体育の時間、みんなが体育座りをしている時にT田大貴は運悪く男なのに高い声の私のちょうど真後ろだったため、他のいじめ仲間に「こいつ、キモくね」と言いながら後ろから男なのに高い声の私の体を何度も蹴ってきました。そんな状況でも男なのに高い声の私はとてつもない痛みに黙って耐えるしかありませんでした。

このようにT田大貴は男なのに高い声の私に対し、数えきれないほどのいじめ・暴力をしてきましたが、先生に言うことはできませんでした。なぜなら、T田大貴にはY山、S野康太郎、M公平といったいじめ仲間がいたため、復讐されることを恐れていたからでした。なぜ、奴らが生きているのか理解できません。学校はいじめは許さないと言っていますが、現実には陰湿ないじめ(教師による生徒へのいじめも含めて)が存在します。

T田大貴の男なのに高い声の私に対するいじめは市川学園(市川中学校・市川高校)を卒業した今でも、時々トラウマのように思い出され、その度に苦しい思いをしています。市川学園(市川中学校・市川高校)でのT田大貴に受けてきた数々のいじめが原因で、社会人になってから適応障害になり、会社を退職せざるを得ないほどにまで影響を与えました。男なのに声が高いからと言って、いじめ・暴力を受けなければならない理由があるのでしょうか。いじめっ子にはわからないのでしょう。

 

後に続く

 

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千葉県市川学園で教師からいじめ・暴力を受けた話-9

私は何年か前に6年間、千葉県市川市にある私立市川学園(市川中学校・市川高校)に在学していました。

そこで私は男なのに声が高かった(変声障害)ことと鉄道研究部に入部していたせいで、他の生徒や先生にバカにされたりいじめを受けてきました。また、声変わりに失敗したと完全に人格を否定した言い方でバカにされてきました。そして、数々の暴力も受けてきました。

このような度重なるいじめ・暴力行為に対し、私は市川学園(市川中学校・市川高校)に在学中に何度も自殺を考えていました。

まさに私にとって市川学園(市川中学校・市川高校)は生き地獄でした。

そして卒業した現在でも、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた度重なるいじめ・暴力行為の記憶がトラウマのようにフラッシュバックしてきて、その度に苦しい思いをしています。そしてついには、うつ病の一歩手前の適応障害になってしまい、仕事を退職せざるを得ないほどまでに影響を与えています。

以上より第三教育とは他人をいじめることを学ぶ教育であると言えます。

これほどのいじめ・暴力行為を受けてきたのにも関わらず、私をいじめていた生徒や先生はいまだに一言も謝罪をしていません。

長い間沈黙を保ってきましたが、これ以上犠牲者を出したくないという思いから、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けたいじめの体験談を書きたいと思います。

 

男なのに高い声の私をいじめてきたのは生徒だけではなく、先生もやっていました。女性のH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)の他にも男性のF野先生にも声が高いことをバカにされました。 

中3の英語の授業のことです。当時の英語の授業はレベル別にA~Cクラスに分けられており、Aクラスが一番上でCクラスが一番下でした。私はBクラスにいました。そして授業中男なのに声が高い私がF野先生に当てられ、問題に答える際、少し小さな声で答えてしまいました。すると、ちょっと小さな声で答えたぐらいでF野先生は「Cクラスに行け」などと常識では考えられない暴言を言ってきました。

また、別の日の授業ではF野先生は男なのに声が高い私に対して「○○、声大丈夫か?www」と私の声が高いことをバカにしてきました。仮にも授業中です。大勢の生徒が見ている中で、生徒に物事を教えていく立場の先生が生徒の声が高いことも見世物・笑いものにしているのです。声は生まれつきのものです。本人の努力ではどうしようもないものです。それをバカにしてくるというのは差別・いじめ以外の何物でもありません。このようなことが許されるのでしょうか。生徒のみならず、先生ですら人の声をバカにしてくるのです。

このように市川学園(市川中学校・市川高校)では先生ですら、生徒をいじめてきます。しかも私のような変声障害の障害者をいじめてくるのです。

 

この出来事は市川学園(市川中学校・市川高校)を卒業した今でも、時々トラウマのように思い出され、その度に苦しい思いをしています。市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた数々のいじめが原因で、社会人になってから適応障害になり、会社を退職せざるを得ないほどにまで影響を与えました。そして今現在も私はF野先生からいじめられたことを謝罪されていません。男なのに高い声だからと言って、バカにされなければならない理由があるのでしょうか。高貴な英語の教師であるF野先生にはわからないのでしょう。

 

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千葉県市川学園で教師からいじめ・暴力を受けた話-8

私は何年か前に6年間、千葉県市川市にある私立市川学園(市川中学校・市川高校)に在学していました。

そこで私は男なのに声が高かった(変声障害)ことと鉄道研究部に入部していたせいで、他の生徒や先生にバカにされたりいじめを受けてきました。また、声変わりに失敗したと完全に人格を否定した言い方でバカにされてきました。そして、数々の暴力も受けてきました。

このような度重なるいじめ・暴力行為に対し、私は市川学園(市川中学校・市川高校)に在学中に何度も自殺を考えていました。

まさに私にとって市川学園(市川中学校・市川高校)は生き地獄でした。

そして卒業した現在でも、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた度重なるいじめ・暴力行為の記憶がトラウマのようにフラッシュバックしてきて、その度に苦しい思いをしています。そしてついには、うつ病の一歩手前の適応障害になってしまい、仕事を退職せざるを得ないほどまでに影響を与えています。

以上より第三教育とは他人をいじめることを学ぶ教育であると言えます。

これほどのいじめ・暴力行為を受けてきたのにも関わらず、私をいじめていた生徒や先生はいまだに一言も謝罪をしていません。

長い間沈黙を保ってきましたが、これ以上犠牲者を出したくないという思いから、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けたいじめの体験談を書きたいと思います。

 

男なのに高い声の私をいじめてきたのは生徒だけではなく、先生もやっていました。特にひどかったのが女性のH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)でした。H賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)には鉄道研究部に所属していることと声が高いことの両方をバカにされました。

中3の中学校の卒業式の練習の日のことです。中高一貫校ですが、中学卒業の段階で一応卒業式があります。卒業式なので、生徒一人一人の名前が呼ばれます。その際、H賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)が男なのに高い声の私のところにやってきて「その気持ち悪い声で大丈夫?www」と言ってきました。H賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)は中3の時、何の担任でもありません。なのにわざわざ私のところにやってこのようなことを言うというのは男なのに声が高い私の声をバカにしにきた以外の何物でもありません。生徒のみならず、先生ですら人の声をバカにしてくるのです。

このように市川学園(市川中学校・市川高校)では先生ですら、生徒をいじめてきます。

 

この出来事は市川学園(市川中学校・市川高校)を卒業した今でも、時々トラウマのように思い出され、その度に苦しい思いをしています。市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた数々のいじめが原因で、社会人になってから適応障害になり、会社を退職せざるを得ないほどにまで影響を与えました。男なのに高い声だからと言って、バカにされなければならない理由があるのでしょうか。非の打ち所がない高貴なテニス部の顧問であるH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)にはわからないのでしょう。

 

後に続く

 

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千葉県市川学園で教師からいじめ・暴力を受けた話-7

私は何年か前に6年間、千葉県市川市にある私立市川学園(市川中学校・市川高校)に在学していました。

そこで私は男なのに声が高かった(変声障害)ことと鉄道研究部に入部していたせいで、他の生徒や先生にバカにされたりいじめを受けてきました。また、声変わりに失敗したと完全に人格を否定した言い方でバカにされてきました。そして、数々の暴力も受けてきました。

このような度重なるいじめ・暴力行為に対し、私は市川学園(市川中学校・市川高校)に在学中に何度も自殺を考えていました。

まさに私にとって市川学園(市川中学校・市川高校)は生き地獄でした。

そして卒業した現在でも、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた度重なるいじめ・暴力行為の記憶がトラウマのようにフラッシュバックしてきて、その度に苦しい思いをしています。そしてついには、うつ病の一歩手前の適応障害になってしまい、仕事を退職せざるを得ないほどまでに影響を与えています。

以上より第三教育とは他人をいじめることを学ぶ教育であると言えます。

これほどのいじめ・暴力行為を受けてきたのにも関わらず、私をいじめていた生徒や先生はいまだに一言も謝罪をしていません。

長い間沈黙を保ってきましたが、これ以上犠牲者を出したくないという思いから、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けたいじめの体験談を書きたいと思います。

 

男なのに高い声の私をいじめてきたのは生徒だけではなく、先生もやっていました。特にひどかったのが女性のH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)でした。H賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)には鉄道研究部に所属していることと声が高いことの両方をバカにされました。

中2の時、数学の担任だったH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)に職員室に呼ばれ話をしていたところ、ひょんなことから部活の話になりました。そして男なのに声が高い私が鉄道研究部に所属していることを知ったH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)は「鉄研に入っているの!?キャハハハハハハwww死ねよゴミwww」(※鉄研は鉄道研究部の略)と笑い見下してきました。私はとても悲しい気持ちになりました。どんな部活にも優劣はないはずなのに、鉄道が好きなことは誰にも迷惑をかけてないはずなのに、バカにされるなんて…生徒がバカにしてくるならまだしも(それでも許せませんが)、生徒がやりたいことをやらせてあげるのを応援する立場の先生が生徒が所属していた部活をバカにしてくるなんて絶対に許せません。

H賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)が顧問をしているテニス部はさぞや非の打ち所がない高貴な人達なのでしょうね。男なのに声が高い私はこのH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)に鉄道研究部に所属していることを笑い見下されたことに対し絶望し、鉄道研究部を退部しました。本当はもっと続けたかったのですが、やりたいことをやり続けたかったのですが、先生にバカにされたのでは仕方ありません。

このように市川学園(市川中学校・市川高校)では先生ですら、生徒をいじめてきます。やりたいことをやらせてくれません。生徒がのびのびなんて真っ赤なウソです。

 

この出来事は市川学園(市川中学校・市川高校)を卒業した今でも、時々トラウマのように思い出され、その度に苦しい思いをしています。市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた数々のいじめが原因で、社会人になってから適応障害になり、会社を退職せざるを得ないほどにまで影響を与えました。そして今現在も私はH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)からの謝罪を受けていません。鉄道研究部だからと言って、バカにされなければならない理由があるのでしょうか。非の打ち所がない高貴なテニス部の顧問であるH賀先生(数学の先生、当時テニス部の顧問)にはわからないのでしょう。

 

後に続く

 

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千葉県市川学園でいじめ・暴力を受けた話-6

私は何年か前に6年間、千葉県市川市にある私立市川学園(市川中学校・市川高校)に在学していました。

そこで私は男なのに声が高かった(変声障害)ことと鉄道研究部に入部していたせいで、他の生徒や先生にバカにされたりいじめを受けてきました。また、声変わりに失敗したと完全に人格を否定した言い方でバカにされてきました。そして、数々の暴力も受けてきました。

このような度重なるいじめ・暴力行為に対し、私は市川学園(市川中学校・市川高校)に在学中に何度も自殺を考えていました。

まさに私にとって市川学園(市川中学校・市川高校)は生き地獄でした。

そして卒業した現在でも、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた度重なるいじめ・暴力行為の記憶がトラウマのようにフラッシュバックしてきて、その度に苦しい思いをしています。そしてついには、うつ病の一歩手前の適応障害になってしまい、仕事を退職せざるを得ないほどまでに影響を与えています。

以上より第三教育とは他人をいじめることを学ぶ教育であると言えます。

これほどのいじめ・暴力行為を受けてきたのにも関わらず、私をいじめていた生徒や先生はいまだに一言も謝罪をしていません。

長い間沈黙を保ってきましたが、これ以上犠牲者を出したくないという思いから、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けたいじめの体験談を書きたいと思います。

 

 中2の時(2年6組)に男なのに高い声の私をいじめてきたのはO野崇寛の他にO川瑛司もいました。O川瑛司はO野崇寛やT田大貴と同じく、男なのに高い声の私の声マネをして毎日何回も男なのに高い声の私をからかってきました。

また、O川瑛司は高い声をバカにするだけでなく、私が所属していた部活についてもバカにしてきました。男なのに高い声の私は、鉄道研究部に所属していました。鉄道研究部というのは、市川学園(市川中学校・市川高校)では生徒及び先生から見下し・軽蔑の対象でした。そのため、鉄道研究部員というのは「キモオタ」という扱いでいじめの対象でした。特にO川瑛司は男なのに高い声の私に対して、鉄道研究部に所属していることに対するいじめ・暴力が酷かったです。O川瑛司は毎日、男なのに高い声の私に対し「キモオタ死ね」という暴言を浴びせてきました。

また、O川瑛司は男なのに高い声の私に対し暴力もふるってきました。

体育のバスケの授業の時間、パス練習で何度も男なのに高い声の私の顔面に向けてボールをぶつけてきました。とても辛かったです。とても痛かったです。そんな状況でも男なのに高い声の私はとてつもない痛みに黙って耐えるしかありませんでした。

なぜ、奴が生きているのか理解できません。学校はいじめは許さないと言っていますが、現実には陰湿ないじめ(教師による生徒へのいじめも含めて)が存在します。

O川瑛司の男なのに高い声の私に対するいじめは市川学園(市川中学校・市川高校)を卒業した今でも、時々トラウマのように思い出され、その度に苦しい思いをしています。市川学園(市川中学校・市川高校)でのO川瑛司に受けてきた数々のいじめ・暴力が原因で、社会人になってから適応障害になり、会社を退職せざるを得ないほどにまで影響を与えました。男なのに声が高いからと言って、いじめ・暴力を受けなければならない理由があるのでしょうか。いじめっ子にはわからないのでしょう。

また、卒業式の日に市川学園(市川高校)校内で同級生の目をカッターで切りつけ、大量出血させて潰した事件があったのですが、O川瑛司はO野崇寛と共にその事件の犯人と大親友でした。そんな奴と大親友という段階で人間性がよく分かります。

 

 後に続く

 

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