千葉県市川学園でいじめ・暴力を受けた話-4
私は何年か前に6年間、千葉県市川市にある私立市川学園(市川中学校・市川高校)に在学していました。
そこで私は男なのに声が高かった(変声障害)ことと鉄道研究部に入部していたせいで、他の生徒や先生にバカにされたりいじめを受けてきました。また、声変わりに失敗したと完全に人格を否定した言い方でバカにされてきました。そして、数々の暴力も受けてきました。
このような度重なるいじめ・暴力行為に対し、私は市川学園(市川中学校・市川高校)に在学中に何度も自殺を考えていました。
まさに私にとって市川学園(市川中学校・市川高校)は生き地獄でした。
そして卒業した現在でも、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けてきた度重なるいじめ・暴力行為の記憶がトラウマのようにフラッシュバックしてきて、その度に苦しい思いをしています。そしてついには、うつ病の一歩手前の適応障害になってしまい、仕事を退職せざるを得ないほどまでに影響を与えています。
以上より第三教育とは他人をいじめることを学ぶ教育であると言えます。
これほどのいじめ・暴力行為を受けてきたのにも関わらず、私をいじめていた生徒や先生はいまだに一言も謝罪をしていません。
長い間沈黙を保ってきましたが、これ以上犠牲者を出したくないという思いから、私立市川学園(市川中学校・市川高校)で受けたいじめの体験談を書きたいと思います。
中1(1年7組)の時に男なのに高い声の私をいじめてきたのはT田大貴の他にY山もいました。Y山もT田大貴と同じく、男なのに高い声の私の声マネをして毎日何回も男なのに高い声の私をからかってきました。その度に男なのに高い声の私は大きな精神的ダメージを受け、自殺を考えるほどでした。
また、Y山は高い声をバカにするだけでなく、暴力もふるってきました。
休み時間に突然、Y山は男なのに高い声の私の首を絞めてきました。そんなことが度々ありました。
このようにY山は男なのに高い声の私に対し、数えきれないほどのいじめ・暴力をしてきましたが、先生に言うことはできませんでした。なぜなら、Y山にはT田大貴、S野康太郎、M公平といったいじめ仲間がいたため、復讐されることを恐れていたからでした。なぜ、奴らが生きているのか理解できません。
また、同じく中1(1年7組)の時に男なのに高い声の私をいじめてきたのはK松もいました。K松は何かある度に男なのに高い声の私に対し、「変な声」と完全に私の人格を否定する言葉を投げかけてきました。
同じく中1(1年7組)の時に男なのに高い声の私をいじめてきたのはU田もいました。教育実習の先生が来たことがあったのですが、その先生が男なのに若干声の高い人でした。授業が終わった後、U田は男なのに高い声の私に対し、「あの先生、お前のお父さんだろ」と言ってきました。男なのに高い声の私はそれを否定すると、U田は「なら証拠を見せろ」と男なのに高い声の私に訳の分からないことを言ってきました。このように人の父親の人間性を否定するクズもいます。
学校はいじめは許さないと言っていますが、現実には陰湿ないじめ(教師による生徒へのいじめも含めて)が存在します。
Y山の男なのに高い声の私に対するいじめは市川学園(市川中学校・市川高校)を卒業した今でも、時々トラウマのように思い出され、その度に苦しい思いをしています。市川学園(市川中学校・市川高校)でのY山に受けてきた数々のいじめ・暴力が原因で、社会人になってから適応障害になり、会社を退職せざるを得ないほどにまで影響を与えました。男なのに声が高いからと言って、いじめ・暴力を受けなければならない理由があるのでしょうか。いじめっ子にはわからないのでしょう。
後に続く